東京高等裁判所 平成12年(ネ)2613号 判決
主文
一 一審原告の本件控訴を棄却する。
二 原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。
右部分に係る一審原告の主位的請求及び一審原告の予備的請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 一審原告
1 原判決を次のとおり変更する。
2 (主位的請求)
一審被告は、一審原告に対し、一二〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一三日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
(予備的請求)
一審被告は、一審原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年六月二五日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言
二 一審被告
1 原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。
2 一審原告の請求をいずれも棄却する。
第二 事案の概要
一 本件は、一審被告と証券取引をしていた一審原告が、一審被告の営業担当者の勧誘により、一審被告が主幹事会社として募集・販売していた外国(香港)投資銀行の発行する社債を一〇〇〇万円で購入したところ、その約七か月後に右銀行が裁判所に対し清算命令の申立てをして倒産したため、右社債が無価値になり右同額の損害を被ったとして、その賠償等を求めた事案である。一審原告は、一審被告の右営業担当者が一審原告に右社債の購入を勧めるに当たって、右銀行が事業経営面において危険性のあることなどの不利益な情報を伝えなかったなどのため、一審原告において右社債を購入し損害を被ったもので、一審被告の営業担当者の右勧誘行為等が証券取引法一五条一項、二項違反又は説明義務違反若しくは取引成立後の配慮義務違反に当たるとして、一審被告に対し、主位的に、証券取引法一六条の損害賠償責任又は債務不履行若しくは不法行為による損害賠償責任に基づき(選択的併合と解される。)、購入代金相当額、慰謝料及び弁護士費用相当の損害の賠償を求め、予備的に、右取引が証券取引法一五条一項違反又は錯誤により無効であるとして、購入代金相当額の不当利得の返還を求めた。
原審は、証券取引法一五条一項、二項違反及び説明義務違反を認め、一審被告の債務不履行及び不法行為による損害賠償責任を認め、七割の過失相殺をして、主位的請求を一部認容した。
二 争いのない前提事実(証拠により認定した場合には、証拠をかっこ書きした。)
1(一) 一審原告は、現職の判事である。
(二) 一審被告は、有価証券の売買、有価証券の売買の仲介、取次、代理等を目的とする会社であり、福田正純(以下「福田」という。)は、一審被告大宮支店の投資相談課長、西原美恵子(以下「西原」という。)は、同支店の投資相談課に勤務する従業員であった(以下、福田及び西原を併せて「福田ら」という。)。
2 一審被告は、香港に本店を有する投資銀行であるペレグリン・インベストメンツ・ホールディングス・リミテッド(以下「ペレグリン社」という。)の発行する第一回円貨社債(以下「本件社債」という。)を主幹事会社として(他に、山一證券株式会社及び新日本証券株式会社が幹事会社となった。)募集・販売することになったところ、本件社債の募集に係る届出の効力は平成九年六月一七日に生じ、申込期間は同日から同月二七日まで、払込期日(受渡日)は同月三〇日とされた(甲六)。
3 西原は、後記4の本件売買契約の締結に先立って、一審原告に対し、本件社債の販売要項と会社概要を記載した文書(甲一の一・二)を送付したところ、右文書のうち販売要項には、本件社債が円建外債で、利率が2.60パーセント、発行日が六月三〇日、年限が三年、償還日が平成一二年六月三〇日、販売単位が一〇〇〇万円の整数倍、格付けがBBB+(JBRI)であることが記載されており、会社概要には、ペレグリン社の財務状況、売上げや利益等の業績、子会社・系列会社名、発行済株式に関する情報のほかに、特色として「東南アジア大手の金融サービス・グループで、主力は、商業銀行、証券仲買、証券取引。関連上場企業のウォン・サン・ホン・インターナショナルが香港と中国で不動産事業に専念。」と、近況として「長期戦略の一環として総合サービスを提供する投資銀行に転身したことにより、債券や資源開発融資など新事業に進出し、収益基盤が拡大。営業網はアジア一六カ国に広がり事業の拡充策も完了し、しばらくは大規模な拡大の予定なし。」と記載されていた。
4 一審原告は、平成九年六月一六日又は同月一七日(争いがある。)、一審被告(担当者福田ら)との間で、ペレグリン社の発行する第一回円貨社債(以下「本件社債」という。)を代金一〇〇〇万円で売買する契約を締結し(以下「本件売買契約」という。)、同年六月二五日、右売買代金を支払った。
5 福田らは、本件売買契約締結に当たって、あらかじめ又は同時に、本件社債に係る目論見書(甲六。以下「本件目論見書」という。)を一審原告に送付又は交付せず、事後に送付した(その時期については争いがある。)ところ、本件目論見書の「第一部 証券情報」の「第2 事業の概況等に関する特別記載事項」には、本社債の購入予定者は、本書面の全記載を注意深く読まねばならないなどとした上で、投資銀行業務及び証券業務は変動の激しい市場においては特にその性質上様々なリスクを免れ得ないこと、当グループ(ペレグリン社とその全子会社)の業務成績は香港及び中国の経済状態並びにその他の条件(中国の香港に対する主権の行使等)によっては不利な影響を受ける可能性があること、当グループのすべての業務は実質上アジアの金融市場にあるところ、日本を除く同市場は未開発で西側の市場と比較して変動が激しく大幅に遅れた段階にある上、当該国政府の為替管理等の規制の対象となる可能性があること、当グループの事業はすべての面において激しく競争的で、競争企業の多くは当グループよりはるかに多大の資本等の資源、国際的影響力、香港外での知名度を有していること、当グループの直接投資の多くは証券が公開取引されておらず市場において取引されるに至らない企業に対して行われるところ、そうした投資は将来的上昇を見込んでのものであり、当座は大きな収入を得られるものではなく、投資の将来的な実現価値はその時その時で大幅に揺れるおそれがあること、当グループは投資及びその他の自己取引も行っているが、これは当グループを各種のリスクの前にさらすものであること、本社債のもとにおける当社の債務は実質上子会社及び関連会社の現存及び将来のすべての債務に劣後し、子会社及び関連会社の債権者による同主体の資産に対しての権利請求は当社及び本社債の所有者を含む当社の債権者による権利請求よりも優先されること、当グループのアジアにおける新市場への拡大は地域的協力者とのジョイント・ベンチャーを通じて行われるもので、一定のコミットメント及びリスクを伴い、同市場においてはジョイント・ベンチャーの協力者側に大きく依存していること、当グループの今後の成功も会長及び業務執行取締役等の専門家の当グループへの参加に大きく依存するが、香港、中国等のアジア金融市場における専門家取得の競争は特に激しく、当グループに雇われた従業員はいつでも当グループを去ることを選択することができることなどの事業経営上のリスク等についての記載があった。
6 ペレグリン社は、平成一〇年一月一三日、香港の裁判所(香港高等法院)に対し清算命令の申立てをして、同年三月一八日、同裁判所から清算命令が出された。
7 一審原告は、本件社債の利息として、一〇万四〇〇〇円の支払を受け、また、ペレグリン社の清算手続において、五六万六二七〇円(元本債権につき4万2692.89香港ドル及び利息債権につき44.30香港ドルの計4万2737.19香港ドルから税金、送金手数料を控除した日本円価額)の第一回配当金の支払を受けた(甲三八)。
三 争点
(主位的請求)
1 一審被告の証券取引法一五条一項、二項違反並びに債務不履行及び不法行為の有無並びにこれらによる一審被告の証券取引法一六条又は債務不履行若しくは不法行為による損害賠償責任の有無
2 一審原告の損害の有無及び額並びに過失相殺の要否及び割合
(予備的請求)
3 一審被告の証券取引法一五条一項違反による取引の効力の有無
4 一審原告の錯誤の有無
四 争点についての当事者の主張
1 争点1(一審被告の違法行為の有無及び賠償責任の有無)
(一) 一審原告
(1) 証券取引法一五条一項、二項違反
(ア) 証券取引法一五条一項によれば、証券会社は、社債等の募集をする場合は発行者による同法四条の届出を要する有価証券については、届出の効力が生じていなければ募集によりこれを顧客に取得させてはならないとされている。本件社債の募集に係る届出の効力発生日は、平成九年六月一七日とされているところ、福田らは、一審原告との間で募集の届出の効力が発生する前である同月一六日に本件売買契約を締結している。福田らの右行為は、同法一五条一項に違反する行為である。
(イ) 証券取引法一五条二項によれば、証券会社は、社債等の募集をする場合は、同法一三条二項及び四項に適合する目論見書をあらかじめ又は同時に交付しなければならないとされている。本件社債の売買契約は、平成九年六月一六日であるところ、福田らは、本件目論見書を本件売買契約成立後の同月三〇日ころに一審原告に交付した。福田らの右行為は、同法一五条二項に違反する行為である。
(2) 説明義務違反
(ア) 一審原告は、一審被告から外国債券(以下「外債」という。)等を購入する際には、発行体が公的機関であるかどうかを基準として安全性の高いものを購入してきており、外国投資銀行の社債を購入するのは初めてであったところ、福田らは、一審原告に本件社債を購入させるに際して、本件社債発行会社の本件目論見書中の「事業の概況等に関する特別記載事項」に記載されている発行会社の業績、取引先、経営基盤、組織形態、会社の沿革等の情報を開示するなど、一審原告が本件社債の購入の判断をするために必要な情報を説明する義務がある。しかるに、福田らは、一審原告に対し、ペレグリン社に関するいわゆる格付情報を含む右情報の説明をせず、購入の判断に必要な十分な情報を説明しなかった。
(イ) 福田は、一審原告に本件社債を購入させるに際し、右のとおりペレグリン社の格付けについての説明をしなかった上、ペレグリン社が日本興業銀行に相当する銀行であるとか、本件社債の募集条件について一口一〇〇〇万円で機関投資家向けの商品であるが、一審原告には特別に回すものであるなどと虚偽の事実を告げて、本件社債が安全な商品であるかのように一審原告を信用させてこれを購入させた。
(ウ) 一審被告が一審原告に送付した会社概要記載文書等の資料(甲一の一・二)は、仮目論見書又は目論見書ではなく、顧客への送付が証券取引法違反として禁じられている文書である。
(3) 取引成立後の配慮義務違反
一審被告は、平成九年一〇月ころにはペレグリン社の経営不安が生じたことを知っていた。一審原告は、同年九月ころから同年一二月ころまでの間に五回にわたり、一審被告の松戸支店の資産運用課長森上年数(以下「森上」という。)らに対し、本件社債の安全性について質問していたことから、森上らは、一審原告に対し、ペレグリン社の右経営状況等に関する事実を知らせるべき義務があるのに、これをしなかった。
(4) 右(1)のとおり一審被告には証券取引法一五条一項、二項違反の事実があるから、一審被告は、同法一六条により、右違反により一審原告が被った損害の賠償責任(無過失責任)がある。
(5) 福田らの右(2)ないし(3)の行為は、債務不履行ないし不法行為に当たるから、一審被告は、これにより一審原告が被った損害について、債務不履行又は不法行為による損害賠償責任を負う。
(二) 一審被告
(1) 証券取引法一五条一項、二項について
(ア) 本件売買契約の成立は、本件社債の募集に係る届出の効力発生日である平成九年六月一七日であり、福田らに証券取引法一五条一項に違反する行為はない。
(イ) 西原は、一審原告に対し、本件目論見書を本件売買契約が成立した直後の平成九年六月一八日に速達郵便で送付し、一審原告は、遅くとも同月一九日にはこれを受領している。本件社債の申込者は、代金の払込期間内(申込期間内)であれば注文の撤回が可能である。西原は、一審原告に対し、本件社債の払込期間は同月三〇日までであり、右期間内であれば注文の撤回ができる旨の説明をしている。一審原告が本件目論見書を受領したのは払込期間まで一一日も前の同月一九日であったことから、一審原告は、本件目論見書を検討した上で、申込みを撤回することが十分可能であった。したがって、本件目論見書は、実質的には「あらかじめ又は同時に」交付したものと評価できる。
(2) 説明義務について
(ア) 西原は、本件社債の販売要項を送付しており、さらに、福田らは、ペレグリン社の格付けについて一審原告に説明している。一般に投資家にとって、債券の発行体の業務内容、業績その他債券発行体に関する種々の情報を収集し、これを分析評価して債券の安全性を判断することは不可能といってよく、格付けは一般投資家にとって債券の安全性を判断するほとんど唯一の資料である。一審原告は、その投資経験等から格付けに対する十分な認識を持っており、本件社債の購入に当たっても格付けを本件社債購入の判断基準としている。
(イ) 西原は、本件社債の格付けが一審原告がそれまで購入していた外債より評価が低いBBB+であることを明確に説明し、不安があるのであれば一審原告が何度か購入したことがあるチャンスと呼ばれる公社債投資信託を購入してはどうかなどと勧めている。さらに、福田らは、一審原告に対し、本件社債の格付けがBBB+であること、右格付けは現在は元利払いの十分な確実性があるが、環境の変化を受けやすいという評価であることなどを十分に説明している。
(ウ) 事前に本件目論見書が交付され、又は、その特別記載事項に係る内容が説明されていたとしても、右目論見書には具体的に倒産に結びつくような事情は記載されておらず、これまでの一審原告の証券取引のやり方から見て、一審原告が本件社債を購入していた可能性は極めて高いと認められるから、目論見書の事後交付又は右説明をしなかったことと本件売買契約を締結したことにより一審原告が損害を被ったこととの間に因果関係はない。
(エ) 一審原告の主張する損害は、一審原告が本件社債を保有中にペレグリン社が倒産したことによると解されるところ、およそ倒産の危険性のない企業は存在しないことから、一審被告の勧誘行為と一審原告の主張する損害の発生との間に因果関係があるというためには、一審被告が勧誘行為時点に一般的な可能性を超えてペレグリン社の倒産が予想できたという特別の事情が存在しなければならない。しかし、右時点において、ペレグリン社が倒産することを特別に予見できたとする客観的事情について、一審原告は何らの主張、立証をしない。したがって、一審被告の勧誘行為とペレグリン社の倒産により一審原告が損害を被ったこととの間に因果関係はない。
(3) 取引成立後の配慮義務について
一審被告には、取引成立後に顧客に対し発行会社の経営状況を知らせる義務はないし、一審被告は、ペレグリン社の倒産に至る経営危機については事前に知り得なかった。
2 争点2(一審原告の損害の有無及び額並びに過失相殺の要否及び割合)
(一) 一審原告
(1) 損害額
(ア) 本件売買代金 一〇〇〇万円
一審原告は、一審被告の債務不履行又は不法行為(証券取引法一五条一項、二項違反を含む。)により本件社債を購入し、又は、これを売却する機会を逸し、その結果、ペレグリン社の清算申立てにより本件社債購入代金相当額の損害を被った。
(イ) 精神的苦痛に伴う慰謝料
一〇〇万円
一審被告のペレグリン社倒産から今日までの一審原告に対する対応は、証券取引法三三条規定の誠実かつ公正に応対すべき義務とかけ離れたものであり、一審原告が被った精神的苦痛は到底財産的回復をもって償うことができない。
(ウ) 弁護士費用 一〇〇万円
(2) 過失相殺
一審原告が本件社債の購入に際して目論見書の交付を求めなかったことが一審原告の過失となるものではないし、他にも、一審原告において本件社債購入に当たって過失とされる事実はない。
(二) 一審被告
(過失相殺)
一審原告が、長年にわたる外債を含む証券取引の経験及び裁判官の職務を通じての社会経験を有しながら、目論見書の交付を求め、これを検討しようとしなかったことは、一審原告の重大な過失と評価される。
3 争点3(一審被告の証券取引法一五条一項違反による取引の効力の有無)
(一) 一審原告
福田らは、一審原告に対し、本件社債の有価証券届出の効力発生日である平成九年六月一七日より前の日である同月一六日に本件社債を購入させていることから、本件売買契約は、証券取引法一五条一項に違反し無効である。したがって、一審被告は、一審原告に対し、本件売買代金を返還する義務がある。
(二) 一審被告
本件売買契約の成立日は、平成九年六月一七日である。また、証券取引法一五条一項は取締法規であり、仮に、福田らに同条項違反の行為があったとしても、私的取引行為である本件売買契約が無効になるものではない。
4 争点4(一審原告の錯誤の有無)
(一) 一審原告
(1) 本件社債の発行会社の事業経営上のリスク等の事実は、本件社債を購入するかどうかについて極めて重要な事実であり、その事実に関する錯誤は、要素の錯誤となる。
(2) 一審原告は、福田らから、ペレグリン社の倒産の危険性の有無及びその程度を判断する事実を開示されなかったり、虚偽の事実を告げられたため、本件社債の安全性につき錯誤に陥り、これにより本件社債が危険性のない安全なものと誤信したことから本件社債を購入した。
(3) よって、一審原告のした本件売買契約は、民法九五条により無効である。
(二) 一審被告
福田らは、一審原告に対し、本件社債の危険性についても十分に説明しており、一審原告が誤信したことはあり得ない。
第三 当裁判所の判断
一 証拠(甲一の一・二、二ないし四、六、七、九の一・三、一一、一四、一五の一、一八の一・二、一九の一、二一、乙一ないし三、五、九ないし一一、証人西原、同福田、一審原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 一審原告は、昭和一八年一一月生まれで、昭和四六年四月に判事補に任官し、各地の地方裁判所や家庭裁判所の勤務を経て、昭和五六年四月に判事になり、本件取引当時も判事の職にあり、その間に裁判官として民事事件に関与した期間は約一五年間で、証券取引に伴う損害賠償請求事件の審理に関与したこともある。
2 一審原告は、昭和五八年ころに、一審被告甲府支店に口座を開設して証券取引を始め、昭和六二年に一審被告大宮支店に口座を開設したが、平成九年六月ころ、一審原告が同支店で運用していた資金は約六〇〇〇万円に上っていた。一審原告は、一審被告の各支店との取引のほかに、他の複数の証券会社との間でも外債の購入等を含む証券取引を行っていたが、一審原告の従前の一審被告大宮支店との取引は、公社債投資信託等の運用が確実で、かつ利率の比較的高い商品が主であり、株式や投機性の高い商品への投資は行っていなかった。
3 一審原告は、平成七年九月ころから平成九年三月ころにかけて、一審被告大宮支店との間で、公社債投資信託よりも高い利率の商品を求めて、第一回クイーンズランド州二通貨債、第一回カナダ輸出金融二通貨債、第二回ビクトリア二通貨債、第二回スウェーデン輸出二通貨債等の外貨建ての外債を計八銘柄購入する取引をした。右外債は、デュアルカレンシー債と呼ばれるもので、払込金と利金は円建てで、償還金のみ外貨建てで計算をする債券であり、そのため、償還金については為替変動の影響を受けるものであった。
右取引に当たって、一審被告の取引担当者であった西原は、為替リスクや格付けについて電話や資料を送付して説明していた。また、右外債の購入に際しては、目論見書が交付(送付)されたが、一審原告は、あらかじめ又は同時に目論見書の交付を受けたことはなく、購入後に至って目論見書の交付を受けていた。一審原告は、右購入取引等を通じて、目論見書があらかじめ又は同時に交付されなければならないことを知っていたが、この点について一審被告に目論見書の事前又は同時交付を求めたり、事後交付に対して苦情、異議等を述べたことはなく、目論見書の内容について質問等をしたこともなかった。
4 一審原告は、平成九年六月一〇日、その時点で保有していた第一回クイーンズランド州二通貨債等四銘柄の外債を、円高が続くと不利益になるので売却したが、右外債のうち二銘柄の売却代金が購入代金を下回り損失が出た(ただし、一銘柄については利払いを含めると、利益が出た。)。
一審原告が売却した右デュアルカレンシー債四銘柄の売却代金の受渡日は、同月一三日とされたところ、一審原告が西原との間で右売却代金の決済等について電話で話した際、西原は、為替リスクを伴う外債の売却で為替変動による損失が出たことなどについて苦情を言われ、また、当時のチャンス(公社債投資信託の一種)の利回りが1.0ないし1.2パーセントにとどまっていたことから、一審原告に対し、円建てで為替変動がなく、利率も年2.60パーセントと比較的高い商品として、本件社債を紹介するとともに、同日ころ、一審原告の求めに応じて、本件社債についての資料として販売要項及び会社概要が記載された文書を送付した。
5 一審原告は、西原から送付された本件社債の販売要項及びペレグリン社の会社概要を見て、チャンスより利率が高いので、購入を検討することにしたものの、ペレグリン社が、一審原告がこれまで一審被告大宮支店で購入していた外債よりも格付けが低くBBB+であったこと、香港に本拠を置く投資銀行であること、社債の購入金額が一〇〇〇万円と高額であったことなどから、本件社債の購入に不安を持った。そこで、一審原告は、平成九年六月一六日及び同月一七日、西原に電話をかけ、本件社債を購入することに不安がある旨を告げ、本件社債の安全性等について質問をした。これに対し西原は、ペレグリン社の発行する社債が格付機関からBBB+の評価を受けていること、BBB+の評価は今は元金と利息を支払う確実性はあるが、将来環境の変化を受けやすいなどと説明し、これ以上は一審原告の自己責任で判断するように求めたが、一審原告が西原の説明では本件社債の購入を決めかねていたことから、西原は、同月一七日の電話に対し、上司である福田に説明を求めるため、福田に電話を代わった。福田は、ペレグリン社が香港の中でかなりの規模の大きい投資銀行で、かつ、売上高や経常利益が伸びて急成長し、将来も成長する会社であるとされていたため、一審原告からペレグリン社や本件社債の安全性に対する質問を受けた際に、ペレグリン社が香港最大の投資銀行であること、平成九年七月には香港が中国に返還されるが、返還後も香港の現行の資本主義制度は中国政府によって五〇年間保証されること、ペレグリン社の発行する債券の格付けがBBB+で投資適格債券であり、日本企業の格付けでいうと日本航空株式会社、日産自動車株式会社、日本長期信用銀行等に相当すること、機関投資家向けの商品であるが、個人投資家にも販売することなどの説明をしたが、本件目論見書の「事業の概況等に関する特別記載事項」に記載してあるようなペレグリン社の事業経営上のリスク等についての詳細な説明まではしなかった。福田が一審原告と電話した時間は、一時間近くに及んだ(一審原告は、福田との会話は本件社債の安全性に関することだけであって、一、二分で終了したと供述(甲一四を含む。以下同じ)しているが、他方では、本件社債の安全性に疑問を抱き、西原から送付された本件社債の販売要項及びペレグリン社の会社概要を見ても不安だったので、西原に取引を断る旨電話したところ、福田の説明を聞いて翻意したというのであるから、一審原告の右供述は不自然であり、措信できない。)。これに対し、一審原告は、本件社債について目論見書が作成されていることを従前の取引経験から知っていたが、その送付を求めることはしなかった。
6 一審原告と一審被告(担当者福田)は、右平成九年六月一七日の電話において本件売買契約を締結し、一審被告は、直ちに、本件売買契約の約定日を同日とする募集報告書を一審原告に送付し、同月二四日、一審原告から前記外債の売却代金の不足金三五四万七〇三三円の振込みを受けて、同月二五日、同様に約定日を同月一七日とする取引明細書(受渡計算書)を一審原告に送付した。一審原告も、後記ペレグリン社の倒産後の一審被告との交渉においても、明確に約定日を同日としていた。
7 一審原告は、一審被告から平成九年六月下旬に本件目論見書の送付を受け、これに目を通したが、一審被告に対し、後記のとおりペレグリン社が倒産するまでは、その記載内容が福田の前記説明と異なるとか、本件目論見書をあらかじめ見ていれば本件社債を購入しなかったなどの苦情、抗議等(解約の申出を含む。)を述べたことはなかった。また、一審原告は、債券をそのまま保有していると損失が出るおそれがある場合には、これを回避し、又は損失を最小限に抑えるために当該債券を売却することを知っていたが、右ペレグリン社の倒産に至るまで、本件社債を売却しようとしたことはなく、いくらで売却できるかの問い合わせをしたこともなかった。
8 一審原告は、平成九年八月二一日に一審被告大宮支店から一審被告松戸支店に取引口座を移管した際、同支店の従業員名須祐子に対して、本件社債についての問い合わせをし、さらに、その後もチャンス等の取引の際に、同支店の投資相談課長森上らに対して何回か本件社債の話をしたことがあった。
9 国内の債券格付機関である日本公社債研究所(JBRI)によるペレグリン社の社債の格付けは、平成一〇年一月九日まではBBB+(元利金支払の確実性について、現在十分な確実性があるが、環境変化の影響を受け易い。)であったのに、同月一〇日になり急にB(確実性に問題がある。)に、同月一二日には最下位のC(債務不履行の懸念がある、あるいは実際に生じている。)に格下げになった。
また、米国の債券格付機関であるムーディーズ・インベスターズ・サービスによれば、平成一〇年一月二二日時点において、JBRIのBBBに相当する格付けとして、三菱信託銀行、住友信託銀行等がBaa1、日本長期信用銀行、三井信託銀行、安田信託銀行等がBaa2とされており、日本債券信用銀行等がその下のBa1(将来の確実性は不安定)とされ、日本興業銀行等がより安全度の高いA2(総合的には確実性が高いが、将来低下する可能性もある。)とされていた。
そして、一般に、BBB(Baa)以上の格付けが投資適格等級とされ、BB(Ba。将来の確実性は不安定)以下が投機的等級とされており、格付けは、投資家が的確な投資をする際の指標とされている。
10 ペレグリン社は、香港の中国返還前後に相次いだ中国系企業の香港上場等で急成長したアジアの業界トップ企業とされていたが、アジア通貨危機の影響で保有していたインドネシア企業向けの債権が不良化し、清算を余儀なくされたもので、円貨建て外債(サムライ債)市場で初めての債務不履行(デフォルト)になった。
11 一審被告が主幹事会社として引き受けたペレグリン社の第一回変動利付き円貨社債(一〇〇億円)及び本件社債(一〇〇億円)の保有残高は、平成九年末の時価ベースで計九五億二四〇〇万円に上っていた。
12 一審原告は、ペレグリン社の倒産後の平成一〇年二月になって、一審被告に対し、本件社債が実質的に無価値になったことについて損害賠償を求めたが、一審被告に拒否され、本訴を提起するに至った。
二 争点1(一審被告の違法行為の有無及び賠償責任の有無)について
1 証券取引法一五条一項違反(本件売買契約の締結日)及び同法一六条による賠償責任について
(一) 本件売買契約の締結日について、一審原告は、その本人尋問において、平成九年六月一六日の朝に一審被告大宮支店の西原に電話をした際、福田らから、本件社債の安全性等の話を聞いて、本件社債の購入の申込をした旨の供述をし、その裏付資料として、「6.13(金)←資料を送った 利率を文面を 6/16(月よう日) 電話→福田 買う」との記載のあるメモ(甲二)を提出する。
しかしながら、右メモは、その記載自体に照らしても、一審被告とのやり取りを日時を含めて漏らさず正確に記載してあるものとは認められないのであって、右記載をもって本件売買契約が同月一六日に締結されたとは直ちに認め難く、他に一審原告の主張、供述を裏付ける資料がないのに対し、本件取引過程で一審被告により作成された資料には、すべて約定日が同月一七日と記載されており、これらが一審原告にも送付され、かつ、一審原告においても約定日を同日としていたことは前記一6認定のとおりであるから、本件売買契約の締結日(約定日)は同日であると認められ、これに反する一審原告の供述は採用することができない。
したがって、証券取引法一五条一項に違反する旨の一審原告の主張は理由がない。
(二) そうすると、一審被告は、その余の点について判断するまでもなく、証券取引法一六条による賠償責任を負わない。
2 証券取引法一五条二項違反(目論見書の交付)及び同法一六条による賠償責任について
(一) 証券取引法一五条二項は、証券会社が債券の募集をする場合には、購入者に対し、発行会社作成の目論見書をあらかじめ又は同時に交付しなければならないとしているところ、本件目論見書が本件売買契約成立時点までに一審原告に交付(送付)されず、後日送付されたことは当事者間に争いがないから、一審被告が同条項に違反したことは明らかである。
(二) これに対し、一審被告は、本件売買契約が平成九年六月三〇日までは撤回が可能であったこと、一審原告が本件売買代金を同月二五日に振込み等により支払っていることからすれば、一審原告は、本件目論見書の送付を受けて、これを検討してから代金を送金しているものと考えられ、実質的に証券取引法一五条二項に違反するものではないと主張するが、仮に、本件目論見書が一審被告主張のとおり同月一八日ころに一審原告に送付されたとしても、本件売買契約成立後であることは明らかであり、実質的に証券取引法一五条二項に違反するものではないということはできず、一審被告の右主張は独自の見解であって採用することはできない。
なお、本件目論見書が一審原告に送付された時期について検討するに、福田らは、各証人尋問において、福田が西原に指示して本件目論見書を一審原告に対し平成九年六月一八日に速達郵便で送付した旨の供述をし、さらに、西原は、その理由について、過去の一審原告への外債の売買の際には目論見書を売買契約締結後に普通郵便で送付していたが、本件社債の売買についてだけは一審原告が格付けのことを気にしていたことから早く送付したと供述する。しかしながら、西原が従前の一審原告との取引においては目論見書の早期送付に全く気を使っていなかったこと、本件取引の勧誘の際にも目論見書に全く言及していないことなどに照らすと、本件社債の売買の時だけ本件目論見書を売買成立後に速達郵便で送付したとする福田らの供述は、不自然であり、他に何らの裏付資料がないから、直ちには採用できない。他方、本件目論見書が同月三〇日ころに送付されたとする一審原告の主張、供述も、他に何らの裏付資料がなく、直ちには採用できない。そうすると、本件目論見書の一審原告への送付時期は不明といわざるを得ないが、従前の取引においても事後ではあるが必ず目論見書が送付され、これに対して一審原告において苦情等を述べたことがないこと、一審被告から本件目論見書の送付を受けて、一審原告においてその送付が遅いなどの苦情等を述べていないことなどに照らすと、本件売買契約締結後それほどの期間が経過しないうちに一審原告に送付されたものと認められる。
(三) 一審被告は、証券取引法一五条二項に違反して、あらかじめ又は同時に本件目論見書を一審原告に交付しなかったものであるところ、一審被告が一審原告に対し同法一六条による損害賠償責任(無過失責任とされている。)を負うのは、右違反行為と一審原告が被った損害との間に相当因果関係があることを要するので、この点について検討する。
一審原告が被った損害は、本件社債の発行会社であるペレグリン社が倒産したために生じたものであるところ、一審原告が一審被告の勧誘を受けて本件社債を購入した時点ては、本件社債は、格付機関によりBBB+と格付けされ投資適格債券とされていたものであり、ペレグリン社は、香港の中国返還前後に相次いだ中国系企業の香港上場等で急成長したアジアの業界トップ企業とされていたのであるから、ペレグリン社が近い将来に倒産することを予見することは、一審被告にとっても不可能であったものと認められる。
そして、一審原告は、一審被告から本件社債を購入する際には、本件目論見書があらかじめ又は同時に交付されるべきであることを知っていたが、購入に先立って一審被告に対して本件目論見書の交付を求めることなく、かつ、事後に送付された際にも、その記載内容が福田らの勧誘行為における説明と異なるとか、本件目論見書をあらかじめ見ていれば本件社債を購入しなかったなどの苦情、抗議、解約の申出等を一切しておらず、また、その後においても、本件社債を売却しようとしたことはなかったのであり、本件目論見書の「事業の概況等に関する特別記載事項」の事業経営上のリスク等についての記載を検討してみても、ペレグリン社が近い将来に経営状態が急激に悪化して倒産することをうかがわせる記載があるものとは認めることができず、ペレグリン社及び本件社債についての右評価を左右するようなものと認めることはできない。一審原告は、本件社債の購入後、一審被告から送付された本件目論見書を読んで非常に不安になり、購入したことを後悔し、もし事前にこれを読んでいれば絶対に本件社債を買わなかったと思うと供述しているが、右目論見書の記載内容及び右に認定したその後の一審原告の対応の仕方に照らして、右供述は到底措信できない。そうすると、一審原告において、あらかじめ又は同時に本件目論見書の交付(送付)を受けたとすれば、本件社債を購入しなかったであろうとまでは認めることはできない。
以上の事情を併せ考慮すると、一審被告が一審原告に対し本件目論見書をあらかじめ又は同時に交付しなかったことと、ペレグリン社が倒産したことにより一審原告が被った損害との間に相当因果関係は存しないというほかない。
したがって、一審被告は、証券取引法一六条による賠償責任を負わない。
3 説明義務違反について
(一) 一審原告は、福田らが、(仮)目論見書ではない販売要項及び会社概要記載文書を送付したこと、ペレグリン社ないし本件社債の格付情報を説明しなかったこと、本件目論見書の「事業の概況等に関する特別記載事項」記載の事業経営上のリスク等の情報を説明しなかったこと、ペレグリン社が日本興業銀行に相当する銀行であるとか、機関投資家向けの商品である本件社債を一審原告には特別に回すものであるなどと虚偽の説明をしたことを説明義務違反として主張するが、以下に述べるとおりいずれも理由がない。
(二) 右販売要項及び会社概要記載文書(甲一の一・二)は、目論見書又は仮目論見書として送付されたものではなく、本件社債の購入を検討することになった一審原告の求めに応じて、一審原告が購入を検討する商品についての情報を提供するために送付されたものであり、むしろ一審被告の説明義務の履行の一環としてされたものというべきであるから、右文書の送付が説明義務違反となる余地はない。なお、右文書に本件目論見書に記載された内容と実質的に異なる記載ないし虚偽の事実の記載がされているものとは認められず、右文書の送付をもって、証券取引法一三条五項にいう正規の目論見書又は仮目論見書に記載すべき内容と異なる内容の表示をしたものということはできない。
(三) 福田らは、本件社債の格付機関による格付内容(BBB+)及びペレグリン社の事業経営状況について記載された右販売要項及び会社概要記載文書を送付し、かつ、再三にわたる電話における説明により、ペレグリン社ないし本件社債の格付情報を説明していることは明らかであるから、この点において一審被告に説明義務違反はない。
(四) 福田らは、一審原告が本件社債を購入するに当たって、本件目論見書をあらかじめ又は同時に交付せず、かつ、その「事業の概況等に関する特別記載事項」に記載されているような事業経営上のリスク等についての詳細な情報までは説明しなかったものである。
ところで、本件社債は、円建外債で、為替リスクがなく、年利率2.60パーセント、期間三年の比較的高い確定利回りの商品であったのであるから、発行会社の経営状態に格別に問題がなければ、商品としての安全性に問題のないものであったところ、本件社債が一審被告により販売され、一審原告がこれを購入した当時においては、ペレグリン社の発行する本件社債の格付けはBBB+で、投資適格等級とされており、ペレグリン社は急成長してアジアの業界トップ企業とされていたもので、商品としての安全性に取り立てて問題のないものであったと認められ、本件目論見書の「事業の概況等に関する特別記載事項」に記載されているような事業経営上のリスク等についての情報をもってしても、ペレグリン社及び本件社債についての右評価を左右するようなものと認めることができないことは前記2(三)のとおりであり、福田らは、ペレグリン社及び本件社債についての右評価についての情報を一審原告に説明していたのであるから、福田らが右事業経営上のリスク等についての詳細な情報を説明しなかったことをもって、説明義務違反とまでいうに及ばない。
また、福田らが右事業経営上のリスク等についての詳細な情報を説明しなかったことと、ペレグリン社が倒産したことにより一審原告が被った損害との間に相当因果関係が存しないというべきことは、前記2(三)に説示したところと同様である。
したがって、いずれにしても、福田らが右事業経営上のリスク等についての詳細な情報までは説明しなかったことを説明義務違反としての債務不履行又は不法行為として、一審原告がペレグリン社の倒産により被った損害の賠償を求めることはできないといわざるを得ない。
(五) 一審原告は、福田が、ペレグリン社が日本興業銀行に相当する銀行であるとか、機関投資家向けの商品である本件社債を一審原告には特別に回すものであるなどと虚偽の説明をしたと主張、供述するが、福田らの前記一認定のペレグリン社及び本件社債についての説明はいずれも虚偽のものとは認められない(本件社債は機関投資家向けの商品であるといえる。)のであり、福田が虚偽の説明をした旨の一審原告の右供述は措信し難く、福田らがペレグリン社の事業経営上のリスクを知っていながら、一審原告に対し、ことさらに本件社債が安全であると説明したと認めることはできない。
したがって、一審原告の右主張も理由がない。
4 取引成立後の配慮義務違反について
一審原告は、本件売買契約締結後に一審被告大宮支店から一審被告松戸支店に取引口座を移管した平成九年八月二一日以降、同支店に対して、本件社債について数回にわたり問い合わせていることが認められるが、このことから、一審被告においてペレグリン社又は本件社債についての情報を調査して一審原告に知らせるべき義務があるものと認めることはできず、また、同支店担当者森上らにおいて、ペレグリン社又は本件社債についての情報を調査して一審原告に提供することを約束した事実も認められない。
そして、一般的に、取引成立後に一審被告が顧客である一審原告に対して逐一情報を調査して提供する義務があるとは認められないし、この点を別としても、ペレグリン社の社債の格付けは、平成一〇年一月九日以降になって急激に降下したのであるから、一審原告が一審被告松戸支店に問い合わせをした平成九年九月ころから同年一二月ころにかけて、ペレグリン社に倒産の危険性等の経営不安があるとの認識が一般的であったとも、一審被告がそれを知っていたとも認めることはできない。
そうすると、一審被告松戸支店担当者森上らがペレグリン社の倒産に至るような経営不安を知っていて、これを一審原告に知らせなかったとは到底認められず、他に一審原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
5 債務不履行又は不法行為責任について
以上に説示したとおりで、一審原告が本件社債を購入してペレグリン社が倒産したことにより被った損害について、一審被告に債務不履行又は不法行為責任を負わせるべき説明義務違反、取引成立後の配慮義務違反等の違法行為を認めることはできないから、一審被告は、債務不履行又は不法行為責任を負わない。本件は、本件売買契約成立後に、ペレグリン社の経営状態が悪化して倒産したために、本件社債を購入し、保有していた一審原告が損害を被ったものにすぎず、しかも、本件社債購入時点で、ペレグリン社の経営状態が悪化して七か月ほどで倒産に至ることを予見することは、一審被告にとっても不可能であったのであるから、その責を一審被告に帰することはできないものといわざるを得ない。
三 争点3(一審被告の証券取引法一五条一項違反による取引の効力の有無)について
一審被告に証券取引法一五条一項違反の事実は認められないから、一審原告の主張は、その前提において失当である。なお、同条項は取締法規であるから、これに違反しても、私法上の効力まで否定されるものではなく、当該取引は無効とならない。
四 争点4(一審原告の錯誤の有無)について
本件売買契約の締結に際して、一審被告からペレグリン社の概況、本件社債の格付け等について虚偽の事実が告げられたことはないし、一審原告において本件社債の安全性について錯誤があったとは認められないから、本件売買契約が民法九五条の錯誤により無効であるとはいえない。
五 よって、一審原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がなく、一審原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、一審原告の主位的請求を一部認容した原判決は不当であるから、一審被告の本件控訴に基づき原判決中一審被告敗訴部分を取り消し、右部分に係る一審原告の主位的請求及び一審原告の予備的請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官奥山興悦 裁判官杉山正己 裁判官沼田寛)